ケン・シーガル「Think Simple アップルを生み出す熱狂的哲学」刊行記念セミナーに行って感じたこと。

2012/5/26(土)晴れ

今週の水曜日、5月23日に六本木ヒルズのアカデミーヒルズで行われた、ケン・シーガルの著書「Think Simple アップルを生み出す熱狂的哲学」の刊行記念セミナーに行ってきた。シーガルはTBWA\CHIAT\DAY社のクリエイティブ・ディレクターとして、NeXT時代からスティーブ・ジョブズと共に12年にわたって仕事をしてきた人物。

僕は彼のことを全く知らなかったが、1997年の"Think Different キャンペーン"と、"iMac"のネーミングの功績によって、ジョブズの信頼をつかんだのだという。下の"Think Different"のCMは、実際には放送されなかったジョブズ本人によるナレーションのバージョンである。今の20代の人たちはこんなCMがあったことすら知らないかもしれない。今見てみると、とてもYouTube的だ。

5000円を払ってこのセミナーに行ってみようと思ったのは、アップルが広告代理店とどんな風にCMや新聞広告をつくってきたのかに興味があったからだ。しかし「Think Simple」はクリエイティブというよりもマーケティングについての本で、セミナーも正直それほど面白いものではなかった(セミナーについてはこのブログに詳しいレポートがある)。本書の根幹である"Simple"という概念についての考察に、それほどユニークな視点を感じなかった。

iMac」と「i-mode」はどっちが先だったんだっけ?と思ってWikipediaを見てみると、iMacが1年早かったようだ。今では「iTunes」「iPhoto」「iMovie」など、ソフトウェアにも「i」の文字がついているが、当初「iMac」に込められた意味は、「internet」の「i」なのだという。「私」の意味じゃなかったのだ。

Wikipediaの"Think Different キャンペーン"のページには、ジョブズのこんな言葉が紹介されている。

たったひとつ、単純な事実に気づけば、人生は可能性がずっと開けたものとなる。それは、自分を取り囲んでいるすべてのもの、人生と呼んでいるものが、自分より賢いわけではない人々が作り出しているということだ。周りの状況は自分で変えられるし、自分が周りに影響を与えることもできるし、自分のものを自分で作ることも、他の人々にもそれを使ってもらうこともできるのだ。

「自分を取り囲んでいるすべてのもの、人生と呼んでいるものが、自分より賢いわけではない人々が作り出している」という一節が、とてもジョブズらしい。自分を決して卑下してはいけない、自分はもっと賢くなれる、周りの人が言うことを鵜呑みにするなということ。

こうした自尊心と反骨精神があった上で、戦略として「Simple」が必要なのだと言われれば腑に落ちる。だとすると「Think Simple」ではなく、「Make It Simple」のほうが合う。原題は「Insanely Simple」で、こっちのほうがいい。「アップルを生み出す熱狂的哲学」というサブタイトルもおかしい。

つい最近、僕が使っていたiPhone 4を母が使うようになった。インターネットに馴染みがなく、ガラケーに慣れた年配者にとっては、iPhoneですらまだまだ難しい。どんな年齢のどんな国に住む人にもすぐ理解できるようなシンプルな製品への道はまだ遠いが、アップルがやり続けているのはそういう仕事だと思う。

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こんな本に出会えてよかった。「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」。

2012/5/24(木)晴れ


前回紹介した本「BORN TO RUN」のP.204に、こんな一節があった。

ジェンはビート詩人をひどく崇拝し、大学に戻って学位を取ったら、ジャック・ケルアック・スクールでクリエイティブ・ライティングを学ぶつもりだった。そんなとき、彼女はランス・アームストロングの『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』を手に取り、新手の戦う詩人に恋をする。

 ランスはただの野蛮な自転車乗りじゃない、とジェンは悟った。彼は哲学者、現代のビート族、霊感と“純粋経験”を求めてアスファルトの海を航行するダルマ行者(バム)だ。

こんな紹介を読んだら、もう読まずにはいられない。今日読み終わったが、「BORN TO RUN」を超える感動の物語だった。

自転車選手として順調な人生を歩んでいた著者は、25歳で睾丸癌にかかってしまう。しかも癌は体のあちこちに転移していた。しかし優秀なドクターに出会い、想像を絶する厳しい治療を乗り越え、何とかこの世に生還する。

つらいリハビリを乗り越え、彼は再び自転車の世界に戻ることを決意する。ところが彼が自転車レースに復帰することを、もはや誰も期待していなかった。それでも彼は果敢に挑戦し、1999年にツールドフランスで個人優勝を果たす。そして2000年に再び個人優勝で二連覇を果たし、世界の頂点に立った。

と、あらすじだけ言うと、「凄い人なんだね」という感想しか出ないかもしれない。凄い=感動とはすぐに繋がらないからだ。それが成り立つには共感が必要だ。

僕が共感したのは、これだけの超人なのに、全編にわたって自分の不安や恐れを率直に書いているところ。普通の人なら言わなくていいか、ということまで細かく書いている。そして彼がその不安をどう解決していくか、どう乗り越えていくかを知ることは、僕のような一般人にも大きなヒントになった。

本書では自転車のこと以上に、癌との闘病について多くのページが割かれている。彼が闘病中に得た経験は、その後の彼の人生に計り知れない影響を及ぼした。癌を通じて、今まで彼が出会うことのなかった癌患者たちと深い絆で繋がっていった。その交流で得た経験が、後のツールドフランスの勝利にも繋がっていく。

印象的なシーンはいくつもあるが、僕が一番心に沁みたのは、彼の母の息子に対する愛情の深さだ。彼がどんな苦境に陥っても、また戦いに挑むことができたのは、母の絶え間ざる励まし、信頼のおかげだった。

夫人との間に最初の子どもが生まれるまでのプロセスも、涙なしには読めない。彼の人生のハイライトの一つだろう。

Wikipediaによると、その夫人とはその後離婚したのだという。あれだけ献身的に彼を支えた奥さんとの間に何があったのか分からないが、彼は今も一筋縄では行かない人生を歩み続けているに違いない。

こんな本を読むと、自分はまだ人生の入口にすら立っていないのではないかと思わされる。

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RUN for joy.

2012/5/21(月)晴れ

このところ、約一日おきのペースで走っている。今日は最近では一番長い、4.4kmを休まず走ることができた。ずっと2〜3kmを走るのがやっとだったが、ペースを落としてゆっくり走ったら、木場公園一周の3.5kmトラックを少しだけ超えられたのだ。

以前、近所に住んでいた駒沢公園では、3kmが限界だった。その頃はナイキのAir Zoomというクッションのある普通のランニングシューズを履いていて、iPod nanoと連携するセンサーをソールの下に埋め込んで走っていた。走った記録が残るのは楽しかったが、走行距離は全然伸びなかった。

今はビブラムファイブフィンガーズのSPEEDとiPhoneのNike+で、木場公園を走っている。毎日夕方になると、そろそろ行くかという気分になるようになった。体調があまり良くない時はウォーキングだけの時もあるが、毎日外に出たいという気持ちはいつもある。

距離が伸びた理由は2つある。一つは、公園で決められたトラック通りに走ってみようと決めたこと。もう一つは、onEdrop cafe 小松さんの「もっとゆっくり走ってみれば?」というアドバイスだった。

一昨日と今日は珍しく、走っていて楽しかった。2日連続で公園を一周できたことが嬉しかったのと、昨日は一休みしなければ走れなかったコースを、今日は休まず走れたのが嬉しかった。

帰宅して、「BORN TO RUN」を読み返す。以前読んだ時とはまた違う感動があった。走ることについてまだ何も分かっていないのだとしても、この本を読まなければ走ろうという気持ちすら湧いてこなかっただろう。それくらい自分にとっては、トリガーとなった本だ。

「BORN TO RUN」によると、人は最悪の状況の時にこそ走るのだという。もっと痩せたい、健康を維持したいという理由だけでは、ランニングは続かないと思う。自分の中にある根源的な何かにアクセスしたい時に、人は走りたくなるのではないだろうか。

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