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「しごととわたし」第3号を読んで。

2012/7/12(木)くもりのち雨

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なんとなくダメだろうな、と思っていたことが思っていたとおりダメだったり、大好きなベーシストの松永孝義さんが肺炎で亡くなるという全く信じられないことがあったり、そわそわ落ち着かない一日。

気分を落ち着かせるために、今にも降り出しそうな空を見ながら今日も近所の公園へ走りに出た。ウォーキングやランニングしている人たち、ダンスの打ち合わせをしている女子高生、犬の散歩をするオジさんオバさん、会社帰りのサラリーマン。

この頃よく来ているせいか、ここに集まる人たちに何となく親近感を感じはじめている。夕陽が落ちるか落ちないか、闇に包まれる前のわずかな時間に走るのが好きだ。無理して長い距離を走るより、7〜8kmをコンスタントに走るのが心地いい。

ランから帰宅すると、日傘作家・ひがしちかさんの「日傘を詠む展」(7/25〜9/17まで国立新美術館B1、SFT GALLERYにて開催)のフライヤーが届いていた。フライヤーの写真(サイトの写真にも使われている)がすごく素敵だが、一緒に同封されていた「しごととわたし」というフリーペーパー(ZINE?)も素晴らしかったので紹介しておきたい。

創刊の言葉には、「イエス or ノーでまとめられたデータをなぞるのではなく、ひとりひとりの仕事や性に焦点を当てることで、仕事について考えたり、女性として生きていくことに思いを巡らせたり。」とある。

ちょうど僕も、仕事についてまた考えていた。仕事をしなければ生きていけないのは当然だけど、仕事があって生活が安定していれば幸せになれるわけじゃない。だからこそ誰もが多かれ少なかれ、仕事について悩む。もっといい仕組みがつくれないだろうかと考えている。

ひがしさんは「勤めていた時は、休みもあったし、安定もしていたんだけど、そうなればなるほど生きている心地がしなくて。」と話す。「もう履歴書は書かない」という決意が、日傘作家になる選択につながったという。

子どもがいれば、普通は目の前の安定をとりたくなるだろう。でもこの時代、雇用される安定がいつまで続くか分からないのも事実。ならば自分にしかできない仕事をしたいと考えるのは、そんなにおかしいことだろうか。長い人生、イヤな仕事を何も考えずに続けられるほど甘くはないのだから。

自分の仕事に満足していない親の気持ちを、子どもは敏感に感じ取っている。それが自分のせいでそうなっていることも、子どもは気づいている。なぜそう言えるかというと、自分自身が母子家庭の子どもだったから。

TwitterやFacebookによって、時間や場所を気にせず思いつきを語ったり、いろんな人たちとコミュニケーションできる環境は整った。あとは今感じていることをいかにスピーディにアウトプットし、仕事に繋げられるか。今の日本にしかできないことを、自分たちの手でやれる仕組みをつくれるかどうか。

個人一人ひとりがどう考え、それに共感する仲間を巻き込むことで、今までなかった未来は形づくられていく。少しでも多くの人たちが、自分の仕事が面白くて仕方ないと言える社会にしなくてはと思う。失敗したり子育てて中断したりしても、何度でも挑戦できる社会に。

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