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秦早穗子 × 菊地成孔トークイベント「ヌーヴェル・ヴァーグ前夜」@VACANT。

2012/7/21(土)くもり

7月19日(木)は、原宿のVACANTへ。出版社リトルモアの3日連続トークイベントの中日、「ヌーヴェル・ヴァーグ前夜」を観てきた。VACANTに行ったのは、同じくリトルモア「真夜中」の石川直樹+東野翠れん+寺尾紗穂イベント以来。1FにはLittle Nap COFFEE STANDができていた。

このイベントの存在は菊地成孔のラジオ「粋な夜電波」で知った。トークの内容が「ジャン=リュック・ゴダールのデビュー作〈A BOUT DE SOUFFLE 原題=息切れ〉を、秦早穗子さんが選択し〈勝手にしやがれ〉と名づけた理由」で、ゲストが菊地さんだと知ってこれは行かねば、とすぐに予約した次第。秦さんは『影の部分』という自伝的な小説を今年3月に発表、現在80歳(!)だという。

“「勝手にしやがれ」を500回(大げさだろうが)は観たぐらいという好き”という菊地さんに対し、“「女は女である」あたりからゴダールが偉そうな態度に変わったから、それ以降の映画は観てないわね”とあっさり語る秦早穂子さん。

そんな温度差の2人だが、秦さんは菊地さんが著書「ユングのサウンドトラック」の中でゴダールについて書いていることについて、新鮮な驚きを感じたのだそう。(※読んでいないので詳しい内容は不明だが、ミシェル・ルグランとのコラボや、ゴダールの音楽の使い方が不器用だったという話か)

秦さんは1950年代後半のパリで日本で上映する映画を探し続けていたが、いつまで経ってもこれだという作品に出会えずにいた。そんな時にふと「まだ撮影中なんだけど、20分にまとめた映像があるから観てみない?」と声をかけられて、撮影現場に出向いたのが「勝手にしやがれ」だったのだという。その後、映画史に残る名作となる作品に、27歳の日本人女性が誰よりも早く出会ったという奇跡。

撮影中の映像を観てすぐに今までの映画にはない新しさを感じた秦さんは、映画が完成していないのに買い付けを決意。さらに原題の「息切れ」では映画の面白さが伝わらないと考え、当時としてはぶっきらぼうな言葉遣いと非難された「勝手にしやがれ」という邦題を提案。今ではこのタイトルでなければ考えられないほどだ。

休憩を挟んで後半は、「女は女である」撮影中の俳優たちやゴダールの写真がスライドで紹介されたが、これが素晴らしかった!(雑誌「エココロ」で見ることができる。アンナ・カリーナ好きの方はチェック) 普通のスナップショットなのだけど、現場にいる者だけが知っている親密さが伝わってくるのだ。

言葉というのはそれが本当のことであっても、100%真実には伝わってこない。写真は見ただけで、自分もそこにいるような気分になれる。ああ、本当にあの時代のパリにこの人はいたんだな、と心底納得できるのだ。(※デジタルカメラが生まれてからは、そうした証拠としての写真は不可能になったと杉本博司は語った)

その他、印象に残った秦さんの言葉。

当時のフランスは、完全に男尊女卑の世界。ゴダールもそう。女好きでありながら、同時に憎んでもいたのよ

男は優しいだけじゃダメ、強くないと。男が弱いと女はただ図々しくなるだけ

学生の頃「勝手にしやがれ」を観て、こんな映画があっていいんだ!と驚いたのが今から20年前。フランス語の授業で、この映画の台詞をテキストに勉強したのもいい思い出。他にもゴダール作品にはいいものがたくさんあるけれど、この映画の瑞々しさは未だに特別だ。また観直したくなった。

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